オパール

8年前に当時の彼氏に買ってもらったeteのネックレスを、某フリマアプリで売った。オパールとダイヤモンドのついたチャームがとても可愛くて愛用してたけど、石が小粒すぎて、もうこの歳になるとしっくり来ないなと、近年はジュエリーケースにしまったままになっていた。

当時の値段の1/10程度で出品したのだけど、一瞬で売れてしまった。こんなにすぐに売れるんならもっと高値で出してもよかったなぁ、まぁさんざん身につけてたし減価償却は済んでるよな、と思いながら発送を済ませたら、じわじわと寂しさなのか悲しさなのか、なんとも言えない感情が押し寄せてきた。

なにせ、初めての彼氏にもらった初めての(そして最後の)プレゼントだったので。当時はそりゃもう嬉しくて嬉しくて。可愛いハンカチ敷いて写真撮ってTwitterか何かに載せたら、友達に「よっぽど嬉しかったんだね(笑)」的なことを言われて、バカにされてる気がしてちょっとムッとしたことも覚えてる。

元彼に買ってもらったことを抜きにしても可愛くて気に入っていて、別れた後もずっと使ってた。でも今こういう気持ちなのは、やっぱり思い出の品だということを抜きにしては説明がつかないな。

元彼自体に未練があるわけではなく、好きだったのにあっけなくふられて苦しくて苦しくて苦しかった自分の気持ちが忘れられないんだと思う。本当に人生で一番苦しい日々だったから。

今でも心の引き出しにその時の気持ちがしまってあって、時々引き出しを開けて眺めるように思い出すことがある。あのネックレスはその気持ちの権化みたいなものだったかもしれない。

そんな怨念がこもったものをフリマアプリで売っちゃったけど大丈夫かしら。笑

妊活

結婚して5年が経ち、年齢的にもそろそろあれかな、と妊活的なことを始めたけど、まぁ妊娠しないもんですね。ということで不妊治療的な領域にも踏み出している今日この頃で。

病院通い、ほんとめんどいよ。時間の融通が聞く仕事だからなんとかなってるけど、前職だったら無理だったと思う。実際不妊治療のために辞めていく人も何人も見た。子供をもつために仕事を辞めなきゃいけないなんて絶対間違ってると思うけど。

妊娠出産を意識しだすと、本当にいろんなことを考える。元々、子どもが欲しいと思ったことはなかった。でも積極的に「子どもは要らない、産みたくない」と言い切れる感じでもない。子どもがいなくても別にいいなって思いつつ、子どもをもつことを最初から放棄していいのかな?という気持ちもあって、ずっとこの間を揺れ動いている。

夫は子どもが欲しいらしいので、それを断固拒むような意志は結婚当初からないし今もない。でも、別に子どもいなくてもいいんじゃね?と思いながら妊娠しようとするのってどうなのかな、そんな生半可な気持ちでいいのか?という思いもある。

結局妊娠できなかったとしたら、私はどんな気持ちになるんだろう。少しホッとしてしまうのかもしれない。

妊娠もしてないけど、クアトロテストについて考えていた。ダウン症の確率が高いとわかったからといって中絶するって、命の選別ど真ん中すぎるような気がする。ダウン症で産まれてきたら不幸だから産まれないほうがよい、と断じてよいものなのか。それは優生思想ではないのか。産まない選択をする人のことを責める気にはなれないけど、かなり倫理的な問題を孕んでると思う。

命の選別だと思ってしまう以上、中絶を選択する勇気はないので、きっと検査を受けないことが正解なんだろうと今のところ思っている。

言語化の試み

夢に昔好きだった人が出てきてなんだか印象深かった。夢のディテールは忘れてしまったけど、優しかった。もう10年以上前だなぁ。特に好きだということも伝えず、あまり仲良くもなれずだったけど、今どうしてるのかなぁ。

 

いろいろと考えてみたい、それで考えたことを言葉にしてみたいという気持ちがここ最近強くて、それこそブログだよなって思って書いてみたりする。これもまたいつまで続くかわからないけどね。

ライブで強く心が動かされたことで、思いを言語化したいという気持ちが強まった気がしてる。こんなに強い気持ちを残さずにいられようか、と。

その時々の感情や考えたことは、記録しないとすぐに忘れてしまって、なかったことになっちゃう。別にそれで困ることもないけど、なんだかもったいないような気がする。

それに、もっと単純に、私は自分が書いた文章が好きなんだよね。年々良くなってる気がしてるし。笑

後で読み返して楽しみたいというのがある。それがこのブログを消せない理由ですね。

人生の本分

怒髪天のツアー初日に行ってきた。オフラインでのライブに行くのがかなり久々で、2020年9月の野音以来かな。(それも怒髪天

初めて生で見たのがたぶん2009年のSWEET LOVE SHOWERで、もう10年以上になるんだなぁ。客の年齢層高いなって当初から思ってたけど、自分も徐々にそっち寄りになってきてるという。

 

今回すごい良番で、しかも立ち位置指定だったのもあり、かなり前方のど真ん中に陣取れた。HEAVEN’S ROCKはキャパ小さくてステージも狭い&近いので、真ん中なら音もいいし全員くまなく見れる・・・と思ったら、ど真ん中すぎて坂さんはだいたい増子さんの後ろに隠れてた。笑

少し友康さん寄りでもよかったかなと途中で思ったりもしたものの、増子さんはもちろん、友康さんもシミさんも、表情から手元までめちゃくちゃよく見えてかなり高解像度だった。

怒髪天のライブには何回行ったかわからないほど行ってるけど、増子さん以上に涙腺が弱いのでいつもかなり早いタイミングで泣いてしまう。下手したら1曲目始まった瞬間とかにぼろ泣きしちゃう。

でも今回は、バカディ・ガッタで少しじわっときたけど涙はこぼれなかった。やっぱり解像度が高くて、見るのも聞くのも忙しかったからかな?という気がする。

昔は行けるだけ前に行く、もみくちゃ上等!みたいな時もあったけど、近年はもうそれができなくて、隣の人とぶつかり合わずに観られるエリアでしか見てなかった。

今回はもみくちゃにならずに、隣の人と触れ合わずに、前の人の頭を必死でよけずに、目が合うほどの距離で落ち着いて見られて、それぞれの音もしっかり聞けて、すっっごく嬉しかった。これはコロナ下ならではだね。喜んでいいのかわからないけど、とにかくとても稀有な体験だった。

この曲がどうだったという細かいことを正直あまり覚えてなくて、終始楽しい、うれしいという感情が最前線に出てきているライブだった。4人ともすごく楽しそうで、あぁ生きてまた会えてよかった、約束守れてよかった、という気持ち。

何よりも、友康さんがキラッキラで眩しくて、にっこにこでかわいくて、心をわしづかみにされた。いつも素敵なんだけど、何しろ4Kどころじゃない高画質だったもんで。

さらに言葉を選ばずに言うと、いや本当に言葉を選べよって感じで恐縮なのですが、率直に言ってなんかめちゃくちゃえろいんですよね・・・。ギターをかき鳴らす姿がセクシーすぎてどきどきしちゃうんですよ・・・

にっこにこな友康さんと目が合ってズキューンてなった。久しぶりにときめきというものを感じた気がする。近すぎてめちゃめちゃ目が合って(半分くらいは気のせいかもしれないけど)だんだん恥ずかしくなってきちゃうくらい。

シミさんの笑顔もすごく嬉しくて。目が合って、うんうんって感じでさらに笑顔になってくれて、こっちも笑顔になる。「楽しいよ!」「楽しいね!」ってやりとりしているかのようで。

 

あぁこれだ、こっちじゃん人生って、と途中で思った。こういう時間こそが人生の本分じゃないか、と。日々の暮らしの中で狭まっていた視界がばーんと開けたような感覚がした。生きるためにこういう時間が必要、というか、これこそが生きてるってことじゃないかと。友人の言葉を借りれば、生の現場でしか得られない「癒し」があった。

ライブでしか得られないものがある。そして、ライブに限らず「〇〇でしか得られない喜び」がたくさんあって、それを順繰りに補充しながらなんとか生きているんだなって思った。

ライブが終わって帰り道でどんどん胸が熱くなってきて、この感じをしばらくひとりで味わっていたくて、家の周りをしばらくだらだらと歩いていた。

言葉にしたいけどできない胸のぐるぐる。言葉にしないとなかったことになってしまいそうでついしたくなるけど、言葉にできない思いをかみしめるのもいいのかもしれない、と思った。

古傷

今でもときどき、8年前のこの時期のことを思い出して胸が苦しくなる。

クリスマス前から始まった暗黒期。当時の彼氏に放置に次ぐ放置を食らい、最終的にはリリースされて。本当につらくてしかたなくて。

今は結婚してるし、その人に対する未練なんて一切ないのに、「あの時ほんと辛かったな」ってことは未だに思い出すんだからすごいよね。よっぽど辛かったんだと思うよ。心のどこかにぶっすりと棘が刺さったままで、忘れたころにしくしく痛むのね。

8年前の自分、よく耐えた。よく生きていてくれた。おかげでその人なんか比べ物にならないほど気が合って信用できる夫に出会えましたよ。

 

当時、あまりに自分がみじめで、ここにも書けなかったことたくさんある。

クリスマスにプレゼント交換しようって一応約束したのに、直前の3連休に何の連絡もなく放置されて。ひとりで家の近くを自転車で走ってたら、彼らしき車を目撃して。連休中は仕事してるって言ってたのに。

3連休最終日にしびれを切らしてご飯に誘って、ささやかなプレゼントとしてシュトレンあげたけど彼は何も用意してないしその後も何もくれなくて。

年明けに会ったとき、車のナンバー見たらやっぱりクリスマス前に見かけた車と同じで。でも「あの日あのへんにいた?」って聞いたら否定されて。

バレンタイン時期にトルコ行く予定にしてたから、その前に手作りガトーショコラ渡したけど、その後何の反応もお返しもなくて。

トルコ行くはずが大雪で行けなくなって、立ち往生してる電車の中から電話したのに全然心配してくれてる感じもしなくて。

その後1か月くらい未読無視&既読無視されて、最終的に電話でふられて、最後に会って話そうと言ってもかたくなに拒否されて。

辛かったなぁ・・・。みじめだった。ふられるまで、誰にも言えなかった。

供養が済んでないから未だに思い出すのだろうか。そろそろ成仏してもらいたい。

またしても1年ぶり

もう誰も見てないと思うけど…

この1年は引き続きのコロナ下で、リモートワークで家にこもっている。

と言いつつ、おひとりさまならいいだろ、と思って都内にパフェ食べに行ったりしてるけど。

 

Twitterは結構やってるんだけど、書ききれないこともあり、書くと支障があることもあり、地味に紙の日記が復活してる。ほとんど上司の愚痴。

ここにもいろいろ書きたいのにな…って毎回言ってるな。

この1年のこと

おーっと、前回更新が1年以上前か・・・

でもほそ~~~く続いてるの逆にすごくないですか?

 

前回2019年2月以降に何があったかというと。

まず最大のトピックは転職ですね。

3月頃から転職活動を始め、6月に内定が出て、8月末で前の会社を辞め、9月から今の会社で働き始めた。

前職の金融機関は、新卒で入って10年ちょっと勤めた。2018年3月に昇進昇格して部署異動したんだけど、その部署がま~~~クソで。言葉を選ばずに言うと掃き溜めみたいな部署で。自分で言うのもなんだけど、まさしく掃き溜めに鶴でしたわ。飛び立ちましたわ、掃き溜めから。

ほんとに能力的にも人物的にも問題ある人が多すぎて、何度言い争いになったことか・・・ストレスで逆流性食道炎にもなったし、本当に会社に行きたくなかった。

期待してるよ!と言って昇進昇格させといてこの仕打ちなんなの?私を活用したいのか辞めさせたいのかどっちなの?という気持ちが抑えきれなくなった。

そもそも異動の前から、会社の体質が古すぎることは気になっていた。古き良き昭和の会社感満載、セクハラパワハラマタハラも横行してるし、嫌だなと思っていたところだった。

とりあえず転職エージェントに相談して、なんとなく応募とかしたり、3社くらい面接したりしてるうちに、ぽろっと今の会社の内定が出た。

職種は前の部署と関係あって自分的にも興味のある分野だから申し分ないし、年収も現状キープ。行くっきゃない。

9か月くらい経ったけど、今のところ転職してよかったと思うことしかない。びっくりするほど前職恋しくない。強いて言えば通勤時間が長くなったけど、他のメリット考えたら屁でもないね。

いや~本当に転職してよかった。今となっては10年も勤めてたことが理解できないけど、まぁ前職での経験&年収のおかげで今の条件で転職できたという面もあるしね。感謝しないといけないかな。

 

8月中、3週間くらい有給を消化した。それでも20日くらい余ってたけどね・・・全部取りたかった・・・。

有給中は夫と念願のトルコに行ったり、大阪一人旅したり。人生の夏休みって感じで最高でした。

トルコ旅行記も書きたかった・・・(これ、毎年のように言っているな・・・)

面白いことたくさんあったのよ。夫とじゅうたん屋との息を呑むバトルとか。(最終的に15万のじゅうたんが半値になった)

せっかく行けたのにイスタンブールの主要な観光地がことごとく修復中で悲しかったけど、トプカプ宮殿は大興奮だった。こういうタイル大好き。

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カッパドキアも2日チャンスあったのに、2日とも気球飛ばなかった。

カッパドキアはまた行くことがあるかというとかなり微妙だけど、イスタンブールだったらリベンジできるかなー。

 

最近の状況としては、会社がいち早くテレワーク推しになり、2月末からテレワークしてる。3月は週1くらい行ってたけど、4~5月は計1回しか出社してない。

運動不足に加え、いろんな期間限定のお取り寄せを試したりして食生活が充実してしまって、過去最高の体重を記録しています。。

 

実家を出て以来、PCのない生活を送っていたんだけど、やっぱほしいなと思って最近買った。この投稿もPCから。

ツイッターでタイムリーにいろいろつぶやいてはいるけど、やっぱりまとまった記録としてブログ書きたいという気持ちは依然としてある。

これを機にもうちょっと書けるといいなー。さぁどうなるか。